東京地方裁判所 昭和49年(ワ)9092号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
右当事者間に争いのない事実及び<証拠>と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
原告(昭和九年七月三〇日生)は、昭和四七年二月、東京都の結婚相談所に登録して、婚姻の相手を探すこととしたが、そのころ被告(原告より六才程年長)も原告同様相談所に登録していた。被告は、同相談所から原告に関する書類を見せられたが、被告の考えと異なる点があつたので辞退したところ、同年五月ごろ原告から手紙が寄せられ、被告と会いたい旨の申出とともに、帝国劇場の観劇券が同封してあつた。被告は、原告が被告に相当関心を持つていると感じ、原告の右の申出に応じて同劇場へ赴き、原告とともに観劇の後、喫茶店に入つて雑談をした。その際、原告は被告から、その自宅の電話番号をメモ用紙に記載して手渡された。原告は、被告からある程度の好意を持たれたと思つた。原、被告の交際は、このようにして始まつたものである。
その後、原告と被告は、何回か約束して逢つた上、同年六月には、原告において被告を新小岩の小料理店に招待し食事を共にした。たまたまその際の被告との会話にヒントを得て、原告は自動車教習所に通つて自動車運転の練習をし、八月には首尾よく運転免許を取得したが、原告から自動車運転免許の取得を知らされた被告は、その祝いと新小岩の小料理店での馳走に対する返礼を兼ね、原告を芝の中華料理店に招待して馳走した。その席で原告は、被告との婚姻を希望しているかのような風情を示した。そしてこのことは被告にも感得された。
同年九月はじめこのころ、被告に誘われた原告は、被告が単身で居住しているアパートを一人で訪問したが、原、被告は、午後から夕刻にかけてウイスキー等を飲み、やがてはじめて肉体関係を結んだ。
このような交際の続くうちに、被告との婚姻に関して、次第にその意思を固めつつあつた原告は、和服の着付けや料理を学びに服装学院や料理学校に通つたほか、同年暮にかけては被告に対し、カシミヤのシヤツやウールの着物を贈つた。また、翌年一月には、住友銀行小岩支店に被告名義の預金口座を開き、一〇〇万円を預け入れると共に、被告の印鑑をも造つた上、これらの通帳や印鑑を被告に手渡した。
右の間にも原、被告は時折り逢つたり、原告において被告のアパートを訪れたりしていたが、昭和四八年五月ごろのある日、原告は、被告方を訪問した際、郵便受にあつた前記結婚相談所からの被告あて郵便物を見た。そして、それまで、被告が、当然原告と婚姻する意思のもとに、原告との交際を続けているものと信じていた原告は、いまだに結婚相談所と関りを持つている被告の態度に不審と不安の念を抱き、被告に対して、電話をもつて、結婚詐欺ではないかなどと昂奮しながら強く詰つた。この電話をきいた被告は一方的に電話を切つて会話はとだえた。
それ以来、被告は原告と逢うことを断り、両者の交際は絶縁状態となつた。そして、原告の色々な働き掛けや試みにもかかわらず、原、被告のそれまでのような関係は、もはや復活しなかつた。
以上までの原、被告の交際において、原告は、終始、被告との婚姻を望み、その成立のため種々気をつかつていたが、被告には原告と婚姻する意図が当初からなく、一時の火遊び程度の気持ちでいたにすぎなかつた。原告はやがて、被告には当初から原告と婚姻する意思のなかつたものであることをさとるに及んで、大きな精神的打撃を受けた。
以上のとおり認められる。原、被告各本人尋問の結果中、右認定に沿わない部分は採用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、原告主張のように、原、被告間に婚約が成立したものと見ることは困難であるが、原、被告の交際においては、原告が被告との婚姻成立を望み、被告に対し好意を示していたことを、被告は容易に知ることができる状況が積み重ねられていたばかりでなく、被告としてもこれをひそかに感得していたのであるから、原告に多少性急の嫌いがなくはなかつたとしても、被告は、原告と知り合つてから約一年間以上もの間にわたり、当初から原告と婚姻する意思も全くないまま漫然と、通常一般の男女間の交際よりははるかに進んだ内容程度にわたる交際を原告との間に保ち続け、結局は婚姻に至らなかつたため、右交際の過程において次第に被告と婚姻できるものとの確信を深めていつた原告が、右のような当初からの被告の真意を知るに至つて被つた精神的打撃について、これを慰藉すべき法律上の責任があるものというべく、そのための慰藉料として、被告において、原告に対し、金一〇〇万円を支払うべきものと認めるのが相当である。
(仙田富士夫)